コロナをブレイク!熱血バスケマンが事業経営というコートを走り目指すゴールは「地元前橋への恩返し」



■青春を捧げたバスケットボール

現役時代の黒澤さん
現役時代の黒澤さん

私はバスケットボールというスポーツ競技に39歳で現役を引退するまで人生の大半を捧げてきました。子供の頃はバスケではなく野球少年でした。父親が地元の少年硬式野球チーム(リトルシニア)で監督を長く務めていた関係で野球を始めましたが、やらされてる感が強く、自分には向いていないと思いながら親に嫌だとも言えない環境の中で続けていました。中学生になり、部活動で入部したのがバスケットボールでした。それから野球の練習は行かくなり、学校でバスケに熱中するようになりました。ですから、バスケを始めたきっかけを正直に言うと「親への反発」だったかもしれません(笑)。もちろん、アスリートとして活躍できたきっかけを野球を通じて与えてくれた父親には今は本当に感謝しております。

バスケットに真剣に打ち込み、幸運なことに厳しくも温かい指導者と心強いチームメートにも恵まれて、中学時代は群馬県大会ベスト4、高校時代は群馬県高校総体など3年間で優勝を幾度も経験することができました。大学時代は1年目からレギュラ選手となり、インカレではベスト4入賞、個人でも関東大学新人戦2年連続で個人得点、3ポイント成功数などで上位を連ねることができました。大学卒業後に地元群馬の佐田クラブに所属した後、ALSOK群馬の創設メンバーとして立ち上げに携わり、以後14年間引退するまで所属しました。ALSOK群馬では2007年全日本クラブバスケットボール選手権大会では県勢初の優勝も経験することができました。また国民体育大会群馬県代表をとして2016年までの選手として出場しました。

長い選手生活は苦しさも喜びも、かけがえのない貴重な経験の積み重ねでした。私の青春時代はバスケットボールと共にあり、今の自分を築いてくれました。




■引退後、指導者としてバスケットボールに携わる

現在は群馬県の国体選抜の監督や「風雷神ジュニアバスケットボールクラブ」というU12・U15のクラブチームの運営、前橋市バスケットボール協会の強化部長を務めています。17年間群馬県の国体選手を続けた中で、選手の発掘や育成を向上させる改善点はたくさん感じていました。子供達が現役国体選手のプレーを見て憧れて選手として成長していく、選手目線から選手育成の環境作りをしたいと考え「群馬県の国体で活躍したい」と思えるような子供を一人でも多く輩出することも願い、自ら手を挙げて監督に就任しました。今の20代、30代で良い選手達が群馬県には沢山おります。また、私の現役時代を知ってくれている現役選手達の協力も得て、セレクション大会を開催するなど、レベルの向上を図る企画も実施しております。9年後に群馬国体があるので是非優勝できるように、大都市のチームに負けないチーム作りを目指します。

風雷神ジュニアバスケットボールクラブ