「ブライダル」・「飲食」・「6次産業」アフターコロナの新地平へ



ブライダル業界の「異端児」と呼ばれたサラリーマン時代

高校卒業後、約4年間海外に留学していました。帰国後、地元群馬に戻り海外経験も活かした仕事に就きたいと考えていた時に、高崎市にオープンしたジョージアンハウスという結婚式場の方からお誘いを受けたことがきっかけで、ブライダル業界に入りました。97年のオープンから3年間の在籍中に、結婚式の成約率で当時の日本の業界トップ3に入る成績を収めました。27歳で就職し28歳で支配人に抜擢される異例の昇進も経験しました。ブライダル業界の常識が僕の中には全く無く、当時からすでに自分流のスタイルでがむしゃらに仕事をしていたのが良かったのかもしれないです。周りからは業界のマニュアルを踏まずに成約件数を稼ぐ僕は「異端児」に見えたそうです。しかし3年後、順風満帆の生活に転機が訪れます。この話は僕が独立するきっかけとなった出来事ですが、ある時、1組のカップルが結婚式を挙げたいと相談に来られました。残念ながら予算が合わなくて成約を断念したケースでしたが、翌日に再度訪ねて来られて、自宅近くのレストランを低予算で借りられそうなので、そこで挙げる結婚式のプランナーを担当してもらえないかとのご依頼でした。支配人とは言えサラリーマンでしたので、僕もすごく悩み、何度も上司に相談しましたが、やはり会社の方針として受ける事はできないとの結論になりました。その方々にお断りの話をした際、お嫁さんが涙を浮かべ「結局、お金なのですね……」と呟きました。その一言がずっと自分の中に消えずに残って。結果、そのカップルの思いに応えるためには会社を辞めるしかないと、独立を決意しました。普通のサラリーマンでしたし今考えると若気の至りで大胆な決断をしたものだと思います(笑)。



■業界の旧い体質を気づかせた一言。そして独立へ挑戦の日々

独立と言っても、資金も無く、事務所として狭いアパートの一部屋を借りて、電話機ひとつ床に置いて、何かあったらコンビニに走って書類をコピーする、そんなスタートでした。全然仕事も入らないので、朝は新聞配達をして、昼間は営業活動、夜も飲食店でバイトして、食費は一日数百円。気づいたらゲッソリ痩せて50キロぐらいまで体重が落ちましたよ。今からは想像できないかもしれませんが(笑)。そこで、食べていくために始めたのが、成績不振の式場やホテルへの営業です。結局のところ、売るものは自分しかない。営業のお願いに式場やホテルに行くと先方は業界の人間だから僕の事を知ってくれていたようで、「新規のお客様に説明をして、僕が結婚式を全面プロデュースします」と話すと、じゃあ契約するよって言ってくれて、そこからはどの社員よりも外部の僕がいつも一番になって、徐々に結婚式をプロデュースした方々からの口コミが広がり直接ご依頼頂けるようになり、1年目は本当にマイナスもマイナスで、愛車を売ったり、借金したり、なんとか凌いで。2年目以降は徐々に軌道に乗り出し、3年目には口コミのスピードが凄くて、自分の想像を超える仕事量になってしまい、1人では無理だから社員を雇い事務所も手狭になったので、2004年に高崎市内に本社を構えました。そこからはウェディングプロデュース業のホームベースとなる少人数専用の結婚式場『レイオブパースチャーチ(現シークレットハウス)』を建設し、また外食産業にもこだわりと多様性が求められる時代の到来の予感を感じたので、自然派食材レストラン『ロハス』 とイタリアンレストラン『アートマルシェ』を開店、ブライダルと飲食の二つの柱で会社運営を行なってきました。

左から『レイオブパースチャーチ(現シークレットハウス)』『ロハス』『アートマルシェ』



プロデュースした『高崎じまん』

■「ブライダル」「飲食」

  そして第三の事業へ

ブライダル事業と飲食事業が安定し、さらに先のビジネス展開を考え始めたときに、ふいに『農業』というキーワードが頭に浮かんできました。あらためて注目し調べてみると、農業はこれからも人口が増加しようが減少しようが、必ず社会にとって必要な産業でありビジネスだと分かってきたのです。しかし実際に農家の方々と知り合いになり、話を聞き、タイアップを始めてみると、良い作物を生産しても、売り先が無かったり、販売方法が狭かったり、壁にぶつかり行き詰っている農業従事者の現実がありました。そこを打開し、サポートする仕事ができないかなと。1次産業の生産者を、2次産業の加工、3次産業の販売で支援する。自分が今できることを突き詰めて考えたら「6次産業」(*1)に行き着きました。そこからは新たなプロデュース活動が始まりました。最近ですと高崎駅前の『OPA』1階に「高崎じまん」(*2)というお土産コーナーがあるのですが、内装デザインから商品の選定、販売システムまでの立上げプロデュースをしました。他にも『高島屋』や『東武百貨店』の依頼で催事の販売ブースの責任者を担当させて頂いたり、地元群馬の生産者の良質な農産物をどうやって売れる商品にするかという様々な企画を実施しました。そんな取り組みが評価され、群馬県から「6次産業プランナー」の認定も頂きました。このノウハウを農家の人と共有したいと思い、講演活動も始めました。生産者と連携し加工品を作ってデザインして販売して、という活動をどんどん増やしています。また、富岡市と企業の間に入ってふるさと納税を促進する企画など、時には大企業に単身乗り込んで契約交渉をすることもあります。地方と大手企業を結ぶコンサル活動も含め、ブライダルと飲食に続く三つの目の柱にしようと、近年は6次産業に力を注いでおります。



■コロナの影響で変わる結婚式。飲食業界は地域社会と力を合わせて支援活動

コロナ禍の影響でブライダル事業も変化を余儀無くされています。今までは結婚式をして、大勢で披露宴をするというのが一つの定番でしたが、今後は写真撮影がメインの新郎新婦二人だけのパーソナルな結婚式の需要が増えることを想定しています。今年だけで150組ぐらい写真の結婚式の予約を頂いていますので、今後このスタイルの結婚式はさらに増えるでしょうね。ブライダル事業は現在プロデュースをメインにしていて、どんな結婚式をやりたいか、 お金をかけるのか、かけたくないのかとか、お客様の要望を丁寧にとことん聞く。良いものだったらどんどんやろうと「否定ゼロ」の姿勢でプランしますね。アフターコロナであっても、大勢が参列する結婚式を希望される場合には、方法があると。親族の部、友人の部、会社の部など、リモートも取り入れた分割形式の挙式にすれば密集を防ぎ、身体的距離も取れるので成立すると思います。人数面で大きな挙式か、小さな挙式かは選択し易い時代だとは思いますね。いずれにしても、安全性の担保の為、参列者の滞在時間を短くし、挙式と披露パーティーを一つにしたコンパクトな結婚式がスタンダードになることは間違いないでしょう。

アートマルシェでは広い個室で安心して料理を楽しめる

コロナの影響を深刻に受けているのが飲食業界です。最早自分だけの問題では無く、同業者、関係業者の皆さんと力を合わせて困難を乗り越える必要性を強く感じ、『わがまち高崎ファンド』『高崎タクテクデリバリー』『高崎飲食応援チケット』(*3)の高崎での支援プロジェクトに積極的に参加し活動しています。わがまちファンドは高崎の飲食店100店舗と協力してのクラウドファンディング、タクテクデリバリーは同じくコロナの影響が深刻なタクシー業界と組んだ方が本気でやる気になると思い、企画を全部書いてタクシー会社の協議会に話を持ち込んで「一緒にやりましょう」と合意して始めました。応援チケットに関しては行政と一緒に高崎市内、飲食業界の活性化のためにサポートしました。地元の飲食店、タクシー業界を支援する活動ですが、僕もメンバーの一員となり高崎市の商工会議所と企画し共に立ち上げた「高崎バル」(*4)というイベントもそうなのですが、根本的にはエンドユーザーが喜ぶような仕掛けを常に考えて企画しています。

左から『わがまち高崎ファンド』『高崎タクテクデリバリー』『高崎飲食応援チケット』



■アフターコロナはプラス思考の心構えで

よくコロナで大変ですねって言われるのですが、確かに売り上げは激減しました。しかし僕自身は例えば手塚治虫アニメを子供の頃からずっと見て育った世代なので、当時アニメで見た疫病が蔓延する世界が実際に来たなっていうような感覚で、大きな驚きや極端な恐怖感は持ちません。ではどうすればいいか。これが収束するには何ヵ月、何年とかかると予測し、そこまで耐えられるように防衛策を取った上で、今やるべきことを考えるしかないなと。僕の場合は運が良かったのか、もともとビジネスのリスク回避を考え、できるだけ少数精鋭の会社組織づくりを心掛けてきたことと、6次産業の関連売上は順調なこともあって、なんとか社員を守れるだけの経営状態は確保できているので、併せて国や行政からの助成金や支援金も積極的に活用して凌ぎたいと考えています。

今回のコロナ禍でハッキリとしたのは「良いものが残り、悪いものは淘汰されていく」ことと「これからの時代は損得より善悪で行動」ということ。ビジネススタイルも変えていかなければと思います。社内会議で、何でも良いので毎週一つずつプラスのことをやろうと提案をしています。毎週一つプラスすれば1年で51個、周りに目で見えるプラスの行動パターンをスタッフ一人一人が作っています。コロナの時代だからこそ、何を目標に仕事をするのか、それを達成する行動計画はどう立てるのか目的意識をしっかり持つことが大切だと思います。



■地元群馬から発信する

「ニューライフスタイル」

アフターコロナの時代は今まで以上に信用というものが大切になると思います。そこで大切なのはしっかりとした情報発信ですね。飲食業界統一の感染予防対策のガイドラインについては国や行政を含め情報開示が少なく、個々の飲食店にも、お客様一人一人にも正しい情報が届いていないことが課題の一つだと思っていて、今、私たちの正しい判断材料となる情報が精査されながら随時更新され、閲覧できるようなSNSのプラットホームの必要性を痛感しています。「新しい日常」を創るために、僕たちはそれぞれの仕事の現場でお客様に対して安全性をしっかりと保証しなくてはならない。これからの時代、損得ではなくそれを徹底できることが、素晴らしいビジネスに繋がると信じています。

最初に高校卒業後、留学したと話しましたが、19歳から自分のやりたい事、楽しめる事を探す目的でイギリスに留学しました。その時に日本という国を外側から見て色々と考えました。日本は島国なので独自にもっと出来ることがあるにもかかわらず、隣の芝生が青く見えてしまうような国の環境に思えたんですね。地元に良い物があるのに、そこには目を向けずに安易に外部からの物や情報を求めてしまう。僕は生まれ育った群馬県という地域を良くしたいし、その素晴らしさを知ってもらいたい。そんな思いを長く持っていたのです。そして群馬でビジネスを立ち上げる時かなり苦労したので、なおさら、地元で頑張ろうとしている方々をサポートをできたらいいなと思ってコンサルティング業を続けています。まだまだ問題は山積みですが、アフターコロナの先に皆が助け合う地元愛に満ちた新しい生活スタイルを求め、その為に自分ができる精一杯の事を考えて、これからも活動していきます。




(*1)「6次産業」農業や水産業などの第一次産業が食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態のこと。


(*2)「高崎じまん」http://takasaki-jiman.jp


(*3)

『わがまち高崎ファンド』https://camp-fire.jp/projects/view/262030

『高崎タクテクデリバリー』https://www.joshin-hire.co.jp/index.php/2020/05/22/news02-3/

『高崎飲食応援チケット』https://www.takasakicci.or.jp/insyoku-ouen/

(*4)「高崎バル」https://www.takasaki-bar.com






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